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“業”という日本語は、なぜか暗いイメージの言葉を連想させます。
「業を煮やす」「業つくばり」「非業の死」など、暗いイメージの言葉ばかりです。 業”は、サンスクリット語の“カルマン”を訳したのもで「行為」の意味です。 悪い行為も良い行為も、ともに「業」であって、とりわけ悪い行為だけをいったものではありません。
私達が何らかの行為(業)をすれば、その行為は消えなくて必ず次の行為を引き起こす力を持っていて、それを仏教では「業」と呼んでいます。
嘘をつくという業(行為)が恐ろしいのは、小さな嘘を一回でもつくと、次にまた別の嘘をつく、最初は苦しみながらついた嘘も、二度三度重ねると、今度はなんの反省もなしに嘘をついてしまいます。
嘘をつく行為(業)のうちに、もう一つの嘘をつかせる力(業)があり、その力(業)が恐ろしいのです。もちろん、いいこと(善業)をすれば、いい力がついてきますし、悪いこと(悪業)をすれば悪い力がつきます。
すなわち、善因善果、悪因悪果であって、業は「悪業」だけではありません。
しかし、日常生活において問題になるのは、だいたいが悪業の結果であって、そこから「業」の語が暗いイメージとして受け取られるようになったわけです。
仏教本来の教えがずいぶん歪められて受け取られているようで残念ですね。